手話特訓?
相方が脳腫瘍手術を無事に終え、地元リハビリ病院に転院したある夏のこと。
そこは、以前相方が入院していた病院なのでスタッフの顔ぶれが懐かしく、リハビリ病院とあって生命の危機感は少ない場所。
そして、患者さんはみんな前向きで体の不自由さを克服する意欲を持っている人もいれば、不自由さを味方につけてこれからの人生を共に生きようとしている人もいるので、病院内が活気付いていて明るい場所だ。
相方は4人部屋の窓際にベッドがあり、その向かいには脳梗塞で左半身が不自由な人がいて、少しくらいなら立つことはできるのでベッドにはあがっていたけど歩くことができないので移動は車椅子を使っていた。
また、その病気のせいかどうかは知らないけれど、耳が聞こえなくて言葉もうまく発することはできない。
彼と話したり用事を伝えたりするのは全部手振り身振りで、相方なんかはそれで結構意思疎通ができていたが、私は行き帰りのバスの時間があるので日中のホンの僅かな時間しかいられず、言いたい事や言われている事がお互いでうまく伝わらない。
それに、彼は人の好き嫌いがハッキリしていて、ナースコールをして嫌いな看護師さんがやってくると呼んでおいてあっちへ行って!というような素振りをする。なんか、いっつも怒っているようにも思える。
毎度のことなのか、看護師さんがそのまま帰っていく。あーあ、困るのは自分なのに・・・。
そんな時、どうやって尋ねていいかわからないまま「どうしたの?」と聞くと「今、何時なの?」とかだったり「入浴の時間はまだ?」だったりする。
ベッドの頭の上に大きな紙に予定が書いてあるし、時計も置いてあるけれど、それが理解しずらいらしい。
彼がいつも持っているメモ帳と手振りによると、8年前に頭がおかしくなって(?)いろんな事がわからないという。
「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」「朝」「昼」「夜」と書いてあり、その上を指が動く。どうやら、朝の挨拶はどれで、昼はどれ?っていうことだった。
声に出しながら、指で「朝」は「おはよう」だよと教えてあげると嬉しそうに笑う。
えへへ、ちっとも怒ってないじゃん。それがわかると、その挨拶は手話ではどうするの?と聞くとにっこり笑って教えてくれる。けど、ちょっとでも違えばできるまで特訓されるんだ。
でも、そんな毎日が楽しかった。
朝、行けば手話で「おはよう!今日はいいお天気だね。」って話せる。「外は暑いよ〜」って教えてあげられる。
毎日一つは教えてもらって、覚えていたなぁ。彼を驚かそうと病院帰りに本屋さんによって手話の本を買い、独りぼっちの家で夜勉強して翌日病院で披露するとびっくりしていた。
そんなこんなで、軽い手話ができ始め、彼の携帯電話の操作を私が教えてあげることになったりもして、メルアド交換して私が絵文字を入れるとそれはどうやるの?ってとっても好奇心が旺盛なんだ。
最初は怖い人かなぁと思っていたけれど、意思疎通が少しでも出来るようになるとどんどん楽しくなっていく。自分の知らない分野を教えあっこするのだから、お互いいい刺激にもなる。
退院間近になると(なぜか同じ日に退院すると決めた相方)もっと手話を覚えたいのにとの想いが強くなったけれど、教えてくれる人はもういなくなり、だからと言って公民館とかのサークルなどに行ける状態ではない。
相方からほとんど目が放せない状態だったから。
仕方ないけど覚えかけた手話も使う頻度がなくなれば自然と忘れていった。それが今は心残りに思う。
聾唖の人は案外身近にいたりするのでは?なんて思うとしっかり手話が覚えられてれば微力ながらお手伝いはできるのにと。
退院しても何度かメールのやり取りをして、元気な様子が伝わってきていたが、こっちに引っ越していろんな事があってすっかり彼の事を忘れていた。
今、どうしているかなぁ。歩けるようになったかなぁ。
私のことまだ覚えているかなぁ・・・。
またメールしてみようと思う。
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