この間から痛かった右目も点眼の回数をいつもより増やしたことでなんとか治まってきている。
たかが目だけど、痛いというのは困るねえ。
この右目は、脳腫瘍手術後だんだんと新聞の字が見えなくなって、鏡でよーく自分の目を見るとなんか白い点のようなものがあって、近所の眼科を受診したら、よく分からなくて、ちょっとした傷だろうから様子を見るしかないと言われ、痛くも痒くもないのでそのまま放置していると、その目の白い点がどんどん広がって、白から黄色がかった色に変わってきた。
おっかしいなぁ。。。
それに、見えない部分も増えてきたし。
で、もう一度同じ眼科で診察してもらうと、考えられるのは脳腫瘍の手術をした時、なんらかの薬(消毒液とか?)が流れて目に入ったか、手術中に顔面神経痛が起きて手術中の長時間目が開きっぱなしになって角膜が乾いたのではないかということだった。
そして、角膜移植という方法があるけれど、当時は黒目の3分の一くらいの混濁でも、もう移植手術をするのは手遅れで、移植をしたところで視力が戻る可能性は極めて低く、失明の可能性を考えると今のままでいいのではないかと言われた。
また、ドナーを待つのは何年もかかるし、見つからないかもしれないし、とも。
そう言われれば確かにそうだし、それ以上の事を望むということもなかった。見えずらいということよりも、小脳をいじったので平衡感覚がなく、歩いていても右に左にとよたよたしてるし、緊張すればするほどふらつきが激しくなる。階段の昇り降り、特に下りる方はいまだに怖くて手すりがないとチョットしたことで転んでしまう。
だから、右目の視力が多少悪くてもなんてことはなかったんだけど、その混濁した部分が黒目の大半を占めるようになってからは、ぐんと視力が落ち(というより、すりガラスを通してみているようなので、白黒のぼんやりした何かが見える程度になってしまった)左右の遠近感が激しく違うから、余計に平衡感覚もなくなった、自転車にも乗れなくなった、物が転がった場所によっては片目でしか見えなくてそれが右目の場合だとなんにも見えない。
こんなに見えない事が苦痛だとは思ってもみなかった・・・。
そして、その目が半年に1回くらいは痛くなり、その度に目薬をもらった。
私は土着民族?ではなく引越しを何回か繰り返していたので、行く先々で目が痛くなると、最初に診断されたとおりの話をして、同じような薬をもらう。
痛みの原因を自分なりに考えると、砂ぼこりやまつげが目に入ったりすると痛くなるような気がしていたが、医者の誰もが特別原因探しをするなんてなかった。
それが、地元に戻って脊髄空洞症が見つかって、他のいろんなところも検査する中で、反対の左目に血管腫瘍も見つかった。
でも、それはまだ小さいのでレーザーで焼く必要もないだろうと言われて安心したけど、右目は十分気をつけないといけないと言う。
角膜に穴が空きそうなので気をつけるようにとだけしか言ってくれない。もちろん角膜移植の話などもない。
なのにいまさら何をどう気をつければいいんだ?
まぁ、どうにかなったらなった時に考えるしかないや。今更失明ですとか言われても見えないに等しいのでどーってこともないとも思った。
が、痛みを繰り返しながら薬をもらいにいった病院では、先生が興奮するくらい切羽詰った状態で、すぐ大学病院に行くよう指示をする。
ん〜・・・。相方の体調が最悪だったからためらったけど、私に異常があれば共倒れになってしまうので、なんとか相方には我慢してもらって大学病院に通院することになった。
すぐ角膜移植・・・とも言われたが、まずは混濁した原因を見つけないといけないと言う。
脊髄空洞症が判明したときも、脳外科医が病気の性質上空洞症だけができるものではなく、それを作り出す元があるはずだからと検査検査の日を送ってやっと血管芽腫の存在が確認でき、そこから治療がスタートしたときとおんなじだった。
結局、空洞症が小さくなっていくだけの手術にとどめたので、脊髄の中には血管芽腫がそのまんま生きている。空洞症もどれだけ小さくなったかわからない。
けれど、それでよかった。「痛み」という後遺症は残ったけれど、下半身不随にはならなかったから。術後の生活をする上で最小限のリスクで抑えたかった。先生も私の意向を十分理解してくれての執刀だった。
それと同じで、眼科の先生もいろんな検査をし、結果角膜ヘルペスと診断された。最初の混濁はそれかどうかわからないし、何度も痛くなったときもこの先生に診察してもらった訳ではないので、終わったことはわからないけど、今回の場合は角膜ヘルペスだった。
先生はすぐにでも角膜移植はしたほうがいいけれど、ヘルペスが完治しないまま、または再発するのですぐ移植してもヘルペスを繰り返すと手術をした意味がなくなってしまうので、しばらく様子をみる間、しかり考えてくださいと言った。あくまでも自分の事だから自分で納得のいく形にしてくださいと。
それによって先生も私の納得できる治療をするからと。
もしそれまでに穴が空いてしまったら緊急手術をしますから、と。
その場合の手術がどんなものでその後どうなるのかもしつこいほど聞いて答えてもらった。
そのとき、この先生は信用できる人だな、任せても安心できる人だなって感じた。
なので半年間治療し続け、角膜移植の申し込みまでこぎつけ、ドナーが見つかり、手術を受けた。
医者って結局自分が分からなかったら、適当にこれだろうと病名をつけるか、あるいはなんでも試して成功したらラッキーであって、患者の心や今後の生活まで考えてくれる人は少ないんだと思う。私の個人的な思いと偏見だけど。
だから、自分の体の事だから、しっかりと医者の説明と治療方法とどういう手段や可能性があるのか、納得いくまで話をして、そして自分で後悔のないように決断をしなければいけないということだ。
あのとき、先生がこうしましょうと言ったから・・・なんて通用しない。医者と言うものは何でもいいから「治療をする義務」があるので、そのマニュアルどおりにすれば医者としての仕事は全うしたことになる。
その見極めが患者自身にあり、どういう治療を受けるか自分で選択しなくちゃいけないんだと思う。自分が後悔しないためにも。医者や相談相手のせいにしないためにも・・・。
なので、私の右目はいまだに視力も出ないし、乱視が激しく外傷性の白内障もあるので、今後どうすればいいか自分でしっかりと考えようと思う。
でも、角膜に穴が空く可能性はぐんと減ったので、それだけでも安心できる。注意する点はいろいろあるけど、きちんと守ればもらった角膜も元気でいてくれるだろう。
角膜移植をしますか?どうしますか?視力の期待は薄いし、手術後目が何かにぶつかると、結局縫い合わせただけのものだから、弱いのは弱いですよ。ただ、今すぐに穴が空くことはなくなります・・・。
そう言われて、手術中の不安や手術がうまくいかなかったら、拒絶反応が激しく出たらと不安がいっぱいで、今でも拒絶反応が出てくる可能性はあるそうだけど、私は以前よりも丈夫な角膜になることを選んだので、今後何かあっても後悔はしない。
自分で考えて自分で出した答えだから・・・。
今は抜糸も終わっていないのでとにかくもらった角膜を大切にする事が一番かな。
自分らしさ←頑張っていると思ってくれたらポチッと、ね
たかが目だけど、痛いというのは困るねえ。
この右目は、脳腫瘍手術後だんだんと新聞の字が見えなくなって、鏡でよーく自分の目を見るとなんか白い点のようなものがあって、近所の眼科を受診したら、よく分からなくて、ちょっとした傷だろうから様子を見るしかないと言われ、痛くも痒くもないのでそのまま放置していると、その目の白い点がどんどん広がって、白から黄色がかった色に変わってきた。
おっかしいなぁ。。。
それに、見えない部分も増えてきたし。
で、もう一度同じ眼科で診察してもらうと、考えられるのは脳腫瘍の手術をした時、なんらかの薬(消毒液とか?)が流れて目に入ったか、手術中に顔面神経痛が起きて手術中の長時間目が開きっぱなしになって角膜が乾いたのではないかということだった。
そして、角膜移植という方法があるけれど、当時は黒目の3分の一くらいの混濁でも、もう移植手術をするのは手遅れで、移植をしたところで視力が戻る可能性は極めて低く、失明の可能性を考えると今のままでいいのではないかと言われた。
また、ドナーを待つのは何年もかかるし、見つからないかもしれないし、とも。
そう言われれば確かにそうだし、それ以上の事を望むということもなかった。見えずらいということよりも、小脳をいじったので平衡感覚がなく、歩いていても右に左にとよたよたしてるし、緊張すればするほどふらつきが激しくなる。階段の昇り降り、特に下りる方はいまだに怖くて手すりがないとチョットしたことで転んでしまう。
だから、右目の視力が多少悪くてもなんてことはなかったんだけど、その混濁した部分が黒目の大半を占めるようになってからは、ぐんと視力が落ち(というより、すりガラスを通してみているようなので、白黒のぼんやりした何かが見える程度になってしまった)左右の遠近感が激しく違うから、余計に平衡感覚もなくなった、自転車にも乗れなくなった、物が転がった場所によっては片目でしか見えなくてそれが右目の場合だとなんにも見えない。
こんなに見えない事が苦痛だとは思ってもみなかった・・・。
そして、その目が半年に1回くらいは痛くなり、その度に目薬をもらった。
私は土着民族?ではなく引越しを何回か繰り返していたので、行く先々で目が痛くなると、最初に診断されたとおりの話をして、同じような薬をもらう。
痛みの原因を自分なりに考えると、砂ぼこりやまつげが目に入ったりすると痛くなるような気がしていたが、医者の誰もが特別原因探しをするなんてなかった。
それが、地元に戻って脊髄空洞症が見つかって、他のいろんなところも検査する中で、反対の左目に血管腫瘍も見つかった。
でも、それはまだ小さいのでレーザーで焼く必要もないだろうと言われて安心したけど、右目は十分気をつけないといけないと言う。
角膜に穴が空きそうなので気をつけるようにとだけしか言ってくれない。もちろん角膜移植の話などもない。
なのにいまさら何をどう気をつければいいんだ?
まぁ、どうにかなったらなった時に考えるしかないや。今更失明ですとか言われても見えないに等しいのでどーってこともないとも思った。
が、痛みを繰り返しながら薬をもらいにいった病院では、先生が興奮するくらい切羽詰った状態で、すぐ大学病院に行くよう指示をする。
ん〜・・・。相方の体調が最悪だったからためらったけど、私に異常があれば共倒れになってしまうので、なんとか相方には我慢してもらって大学病院に通院することになった。
すぐ角膜移植・・・とも言われたが、まずは混濁した原因を見つけないといけないと言う。
脊髄空洞症が判明したときも、脳外科医が病気の性質上空洞症だけができるものではなく、それを作り出す元があるはずだからと検査検査の日を送ってやっと血管芽腫の存在が確認でき、そこから治療がスタートしたときとおんなじだった。
結局、空洞症が小さくなっていくだけの手術にとどめたので、脊髄の中には血管芽腫がそのまんま生きている。空洞症もどれだけ小さくなったかわからない。
けれど、それでよかった。「痛み」という後遺症は残ったけれど、下半身不随にはならなかったから。術後の生活をする上で最小限のリスクで抑えたかった。先生も私の意向を十分理解してくれての執刀だった。
それと同じで、眼科の先生もいろんな検査をし、結果角膜ヘルペスと診断された。最初の混濁はそれかどうかわからないし、何度も痛くなったときもこの先生に診察してもらった訳ではないので、終わったことはわからないけど、今回の場合は角膜ヘルペスだった。
先生はすぐにでも角膜移植はしたほうがいいけれど、ヘルペスが完治しないまま、または再発するのですぐ移植してもヘルペスを繰り返すと手術をした意味がなくなってしまうので、しばらく様子をみる間、しかり考えてくださいと言った。あくまでも自分の事だから自分で納得のいく形にしてくださいと。
それによって先生も私の納得できる治療をするからと。
もしそれまでに穴が空いてしまったら緊急手術をしますから、と。
その場合の手術がどんなものでその後どうなるのかもしつこいほど聞いて答えてもらった。
そのとき、この先生は信用できる人だな、任せても安心できる人だなって感じた。
なので半年間治療し続け、角膜移植の申し込みまでこぎつけ、ドナーが見つかり、手術を受けた。
医者って結局自分が分からなかったら、適当にこれだろうと病名をつけるか、あるいはなんでも試して成功したらラッキーであって、患者の心や今後の生活まで考えてくれる人は少ないんだと思う。私の個人的な思いと偏見だけど。
だから、自分の体の事だから、しっかりと医者の説明と治療方法とどういう手段や可能性があるのか、納得いくまで話をして、そして自分で後悔のないように決断をしなければいけないということだ。
あのとき、先生がこうしましょうと言ったから・・・なんて通用しない。医者と言うものは何でもいいから「治療をする義務」があるので、そのマニュアルどおりにすれば医者としての仕事は全うしたことになる。
その見極めが患者自身にあり、どういう治療を受けるか自分で選択しなくちゃいけないんだと思う。自分が後悔しないためにも。医者や相談相手のせいにしないためにも・・・。
なので、私の右目はいまだに視力も出ないし、乱視が激しく外傷性の白内障もあるので、今後どうすればいいか自分でしっかりと考えようと思う。
でも、角膜に穴が空く可能性はぐんと減ったので、それだけでも安心できる。注意する点はいろいろあるけど、きちんと守ればもらった角膜も元気でいてくれるだろう。
角膜移植をしますか?どうしますか?視力の期待は薄いし、手術後目が何かにぶつかると、結局縫い合わせただけのものだから、弱いのは弱いですよ。ただ、今すぐに穴が空くことはなくなります・・・。
そう言われて、手術中の不安や手術がうまくいかなかったら、拒絶反応が激しく出たらと不安がいっぱいで、今でも拒絶反応が出てくる可能性はあるそうだけど、私は以前よりも丈夫な角膜になることを選んだので、今後何かあっても後悔はしない。
自分で考えて自分で出した答えだから・・・。
今は抜糸も終わっていないのでとにかくもらった角膜を大切にする事が一番かな。
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