この間の陽が落ちた頃、いつもの散歩コースの川の土手に咲いているオシロイバナを見に行った。
と、いうのもオシロイバナって夕方から咲き始めて早朝にはしぼんでしまうらしく、その土手に野生化し群生してるのを少しもらってきて、ペットボトルにさして台所に置いていると、昼間ちっとも咲かなかったそれが夕方には見事に咲いているんだわ。
へぇ〜?こんなんあり〜?って相方に聞くと「アリなんだって〜」って言うじゃん。
ほな、見ないわけにはいかんじゃん!
いっつも同じところを散歩しているのに、花が咲いてない葉っぱだけを見ても仕方ないじゃんねえ〜。
と、言うわけで思いたったらすぐ行動。こんなときだけすぐ動く・・・。って、誰が?(言わないけど、まぁそこら辺の人?)
懐中電灯を持って夜のお散歩ですよ。車椅子、初めての夜の外出〜。
サイクリングロードを進むと、あった!あった!赤も黄色も白色も咲いてるっ!きれいだねぇ・・・。
って、懐中電灯で照らさないと見えないんですが^^;

しばらく見入って家に帰った。ヨは満足じゃ♪沈んでた気持ちがその時だけでも浮上した。
それから昨夜の事、何を思ったのか相方が「ホタルの時期は終わったよね?」と聞くので、「たぶん終わってるよ〜。実家の方にでも行けばまだいるかどうかってところじゃない?」って答えると「やっぱりそうだよね」って。
でも、なんで今ごろホタル?
オシロイバナを見に行ってから、夜も出歩ける自信がついたようで、もしホタルがあの川にいるなら時間を後らせると見えるんじゃないかと思ったそうで・・・。
あの〜、チミは山の子でっしゃろ?実家の細い谷川にむかぁしホタルはいたよね?ああいうきれいな川じゃないといませんよ〜(゜o゜)
こんな町だか田舎だか中途半端なところなんぞには、ね!(笑)

そしてホタルの思い出話になった。
私の一番の思い出は、21歳の脳腫瘍・頚椎腫瘍の摘出手術をしたとき。
3個あったそれらは他の血管に近すぎたことや、視神経に1mmほども余裕がなかったことなどで、大変な手術になるらしかったが、腕のいいDr.が執刀してくれたので「命」も助かった。
私はその前後の記憶がほとんどないので詳しくはわからず、のちにそう教えてもらったんだけど。
何本かの輸血をしたため、肝臓の数値が何百倍にもあがり何週間も高熱と黄疸とむくみで苦しかったことは覚えている。
そんなある日、誰だったか1匹のホタルを虫かごに入れて持ってきてくれた。私は頭を動かす事ができなかったし、見るものすべてが二重に見えたりしていたので、残念だけど夜になるとホタルが光っていた記憶さえない。
ううん、昼間もその姿を見たことはないかな。
1人の若い主治医が昆虫好きで、捕獲された?ホタルの命を少しでも長引かせようと、病室に来ては世話をしてくれていたのを思い出す。その先生の笑顔と、昆虫の話だけを。時には昆虫アルバムみたいなものも見せてくれた気がする。
虫かごの中に脱脂綿を濡らしてその上に角砂糖を1つ乗せておくとその甘い汁をホタルが吸って生きるそうで、ホタルも先生が世話をしてくれるから、結構長い間生きていたらしい。
あの時は人であれ、虫であれ、生きているものの命の尊さを教えられた。
幼少の頃から高校を卒業するまで、何度も「死にたい」と思っていた自分が、人の・・・いろんな人の手を借りて生かされた瞬間がよみがえる。
死んでしまったら、何にも残らないよって。いつも誰かが側にいてくれるよって。
今も苦しいことはたくさんあるけれど、生きているからそういった感情があり、それがあるから人の気持ちにも寄り添える。
反対に一瞬の楽しさや嬉しさもないわけではない。いや、絶対にあるんだ・・・。
その一瞬を心から願えばまた次の楽しさや嬉しさがやってくるし、誰かと一緒に笑える。誰かを喜ばせてもあげられる。
生きていれば・・・の話だよ。
だから、苦しくても悲しくても「生きなくっちゃいけない」、命がある限り・・・。
そんなことを再確認させられたホタルの思い出でした。
ちゃんちゃん!!:*.;".*・;・^;・:\(*^▽^*)/:・;^・;・*.";.*:
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