[ともだち] ブログ村キーワード
と〜もよ〜♪オレのと〜もよ〜♪ん?あぁ、あれは「う〜みよ〜♪」かあ。どっちでもいいや、ちょっと歌いたい気分o(^-^)o
昨日、相方の往診日で今回は薬の多いこと。
飲み薬もセルフカテ用品?などはいつもと同じだけどぬり薬があれこれと…。
ずっと前から背中に『しっしん』らしきものが点々と出ていて、それが処方してもらった薬じゃ治らず、違う薬に変えてもらったのに増え続け、今じゃ「なんじゃコリャー?」状態。
痛いん?痒いん?と聞いても感覚がないからわからないそうで、いいのか悪いのか困ったもんだ。
「わたし的」にはもらった薬をぬればいいのでありがたいことだけど、相方に感覚というもんがあればこれだけじゃすまんぞ〜(-.-;)
やれ、痒い!だ、痛い!だと一日中わめいているか、じっと耐えて凹んでいるかのどっちかで、早い話しが「やかましい」か「静か」かの違いなのだ。
で、それによって私の接し方も違ってくる。
がぁ、体も心も見かけによらずデリケートにできているらしく、時に私の言動が心にグサッと刺さるらしく、ムッと反応して自分の言葉を飲み込むのが手にとるようにわかる。
なんという単純(>_<) いやいや、なんという冷酷さ、かな^^;すんまそん。
時々、そんなことで怒るなよと言いたいが、私が調子こいて言い過ぎるのもホントだから、その場は黙って知らん顔しとこ。
近寄らないに限る!
・・・って、私が悪いと思っても謝らないからいけないんだけどね。(私だってこれでも我慢して黙って聞いていることもあるんだからおあいこだし。ってね・・・。)
で、そうそう診てもらったら、相方のベッド脇のワゴンに置いているぬり薬の箱から二種類取り出しそれを同量混ぜて使ってくださいと言われた。
ハァ・・。そーなんだ・・・。
なんでも裏ワザだそうで…(ーー;)
あとは異常なし!
甘いもの好きだからと糖尿病の検査をされても平常値。
ま、このところ検査があるからって甘いものを減らしていたしね。それって意味ないじゃん。
でも、中性脂肪は高いので引き続き甘いものは食べちゃいけないんだって〜♪
控えるんじゃなくて『ダメ!』なんです(^^)
何故か喜ぶ私( ̄▽ ̄;)
その先生が来ると必ず演説をして帰るので、今日は何の話だろうね?すぐ帰っちゃうかなぁ?って噂をしていると、やっぱり演説があった。
病院というもの、医者というもの、行政というもの、もっとハッキリした「大人というもの」についてだった。中々これは興味をそそる。
というか、人間性?の問題だよ。
詳しくはわからんけど、今の大人?日本人独特の性質?それとも、だんだんそうなってきたのか、卑怯な人間が増えていると私は思う。
実際行政のニュースを聞いていても、全部人に責任を押し付けているじゃん。あ”行政だけじゃないや。どっかの、どこの、食品偽造もそうだった。自分は知りませんって言い逃れして、社員に責任転嫁しちゃってさ。
そういう人たちは子供の頃からそうではなかったように思う。きっと、してはいけないこととしていいことは親や周りの大人に教えてもらってきたはずだと。
どこでどうなってそうなっちゃったんだろう。寂しいことだね。それを、仕方がないって思うことももっと寂しいことだと思う。
じゃあ、どうすればいいのだ?と考えてもどうしようもないには違いないけど、少なくても私は!わたしは卑怯な大人ではいたくない。

と〜もよ〜♪で始まって書こうとしていた事が全然違ってきた。
もとえ、その先生がね「僕は友達がいないんですよ。さびしいですよね、こういうのって。」から始まった。
子供の頃も学生時代もそれなりに「友」という人はいたけど、心からそう思った人はいないそうで、開業医だとなおさら患者さんかスタッフか家族としか話しをしない。
だからかどうかウチにくれば「話」をしたくなると言う。「話」をしていい場所かな?って。
ウチというより、相方と話すのが好きなのだと思う。相方は人の心をやわらかく包み込むような?ん〜・・・?心をやわらかく引き出すような?そんな力があるんだと思う。
って、照れるなぁ・・・(..*) ポッ←なんでオマエがやねん!!
私は先生の気持ちが少しわかる。
先生のように全く「友達」がいなかった訳じゃない。「親友」という友もいた。けど、「親友」ってなんだ?って考えた時、親友だから何でも話せる、というものでもない。親友だから言えないこともある。
言えないことが多かったから相手が「親友なのになんで話してくれないの?」と言われ「親友」ではなくなった。これも寂しい話だよね・・・。
よって、私にも「友」という存在がどこまでどういうふうにいるのか正直わからない。わかるのは、ここには・・・この場所には一人もいない・・・ということ。周りを見渡してもどこにも存在しない、知らない人ばかり。
昨日、家の外をウロウロしていて同じ団地の全然知らないおばさんに声をかけられた。ウチがバリアフリーになっているのを知っていて、その方のご主人も障害を持っているそうで、デイサービスの申請をしたのだと話をしてくれた。
ご主人の障害がどの程度のものなのかははっきり知らないけど、自分の事は結構できるらしく、歩くことも可能。ただ、脳梗塞を患ったおかげで時々感情が激しく出るから辛いのだと・・・。
今年80歳だというおばさんは、ちっともそんな歳には見えないくらい若くて、シャキッとしているけれど、介護で時々息が詰まりそうになって、昨日も近くにいる妹さんの所に行く途中だったんだって。
妹さんだけじゃなく、同居している息子さんが夜はいてくれるので、遠くにお嫁に行った娘さんの家に1泊で行ったり、あるいは友達の家でお茶のみをしてくるときもあるそうだ。
そうやって自分の時間を作らないと自分がダメになってしまいそうだと・・・。
「あなたはまだまだ若いし、しんどいことがこれから増えてくるだろうから、どこかで発散できるところを作っておかなきゃだめよ。」とも言ってくれていたなぁ。
昔の私なら誰かの世話になんかなるもんか・・・。
私一人でやっていけるんだ・・・。やっていくんだ・・・。やらなきゃいけないんだ・・・。
と、片意地はってたけど、本当に困った時は私自身の、あるいは相方の「友達」という存在になんらかのアクションをしてもいいのかな、って思えてきた。
ただ、今更・・・どこに私の友達がいるんだろ・・・。わざわざ遠くの友達に連絡をして何を話す事があるんだろ・・・。
その時の気持ちなり状態なりを話しても、理解なんてできっこないし、話すことで惨めにもなるような気もする。だったら、やっぱり今のままでいいのかな・・・。

きっと、たぶん、私に友達が必要になるのは本当に私が「ひとり」になってからだろうか・・・。
先日、相方の友人が来てくれて2人で話をしているのを間近でみて、友達ってこんなにいいもんだと思い、相方がここまで元気になってくれた嬉しさと反してそういう友達がいない寂しさでウルウルとなったのも確かなことだし。
今の私が思う「友達」って、いくら考えてもわからないんだよ・・・。
と、言いたいことも分からなくなった・・・。これもやっぱ、寂しいことだよね・・・。
あちゃー(。。lll)ガーン
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と〜もよ〜♪オレのと〜もよ〜♪ん?あぁ、あれは「う〜みよ〜♪」かあ。どっちでもいいや、ちょっと歌いたい気分o(^-^)o
昨日、相方の往診日で今回は薬の多いこと。
飲み薬もセルフカテ用品?などはいつもと同じだけどぬり薬があれこれと…。
ずっと前から背中に『しっしん』らしきものが点々と出ていて、それが処方してもらった薬じゃ治らず、違う薬に変えてもらったのに増え続け、今じゃ「なんじゃコリャー?」状態。
痛いん?痒いん?と聞いても感覚がないからわからないそうで、いいのか悪いのか困ったもんだ。
「わたし的」にはもらった薬をぬればいいのでありがたいことだけど、相方に感覚というもんがあればこれだけじゃすまんぞ〜(-.-;)
やれ、痒い!だ、痛い!だと一日中わめいているか、じっと耐えて凹んでいるかのどっちかで、早い話しが「やかましい」か「静か」かの違いなのだ。
で、それによって私の接し方も違ってくる。
がぁ、体も心も見かけによらずデリケートにできているらしく、時に私の言動が心にグサッと刺さるらしく、ムッと反応して自分の言葉を飲み込むのが手にとるようにわかる。
なんという単純(>_<) いやいや、なんという冷酷さ、かな^^;すんまそん。
時々、そんなことで怒るなよと言いたいが、私が調子こいて言い過ぎるのもホントだから、その場は黙って知らん顔しとこ。
近寄らないに限る!
・・・って、私が悪いと思っても謝らないからいけないんだけどね。(私だってこれでも我慢して黙って聞いていることもあるんだからおあいこだし。ってね・・・。)
で、そうそう診てもらったら、相方のベッド脇のワゴンに置いているぬり薬の箱から二種類取り出しそれを同量混ぜて使ってくださいと言われた。
ハァ・・。そーなんだ・・・。
なんでも裏ワザだそうで…(ーー;)
あとは異常なし!
甘いもの好きだからと糖尿病の検査をされても平常値。
ま、このところ検査があるからって甘いものを減らしていたしね。それって意味ないじゃん。
でも、中性脂肪は高いので引き続き甘いものは食べちゃいけないんだって〜♪
控えるんじゃなくて『ダメ!』なんです(^^)
何故か喜ぶ私( ̄▽ ̄;)
その先生が来ると必ず演説をして帰るので、今日は何の話だろうね?すぐ帰っちゃうかなぁ?って噂をしていると、やっぱり演説があった。
病院というもの、医者というもの、行政というもの、もっとハッキリした「大人というもの」についてだった。中々これは興味をそそる。
というか、人間性?の問題だよ。
詳しくはわからんけど、今の大人?日本人独特の性質?それとも、だんだんそうなってきたのか、卑怯な人間が増えていると私は思う。
実際行政のニュースを聞いていても、全部人に責任を押し付けているじゃん。あ”行政だけじゃないや。どっかの、どこの、食品偽造もそうだった。自分は知りませんって言い逃れして、社員に責任転嫁しちゃってさ。
そういう人たちは子供の頃からそうではなかったように思う。きっと、してはいけないこととしていいことは親や周りの大人に教えてもらってきたはずだと。
どこでどうなってそうなっちゃったんだろう。寂しいことだね。それを、仕方がないって思うことももっと寂しいことだと思う。
じゃあ、どうすればいいのだ?と考えてもどうしようもないには違いないけど、少なくても私は!わたしは卑怯な大人ではいたくない。

と〜もよ〜♪で始まって書こうとしていた事が全然違ってきた。
もとえ、その先生がね「僕は友達がいないんですよ。さびしいですよね、こういうのって。」から始まった。
子供の頃も学生時代もそれなりに「友」という人はいたけど、心からそう思った人はいないそうで、開業医だとなおさら患者さんかスタッフか家族としか話しをしない。
だからかどうかウチにくれば「話」をしたくなると言う。「話」をしていい場所かな?って。
ウチというより、相方と話すのが好きなのだと思う。相方は人の心をやわらかく包み込むような?ん〜・・・?心をやわらかく引き出すような?そんな力があるんだと思う。
って、照れるなぁ・・・(..*) ポッ←なんでオマエがやねん!!
私は先生の気持ちが少しわかる。
先生のように全く「友達」がいなかった訳じゃない。「親友」という友もいた。けど、「親友」ってなんだ?って考えた時、親友だから何でも話せる、というものでもない。親友だから言えないこともある。
言えないことが多かったから相手が「親友なのになんで話してくれないの?」と言われ「親友」ではなくなった。これも寂しい話だよね・・・。
よって、私にも「友」という存在がどこまでどういうふうにいるのか正直わからない。わかるのは、ここには・・・この場所には一人もいない・・・ということ。周りを見渡してもどこにも存在しない、知らない人ばかり。
昨日、家の外をウロウロしていて同じ団地の全然知らないおばさんに声をかけられた。ウチがバリアフリーになっているのを知っていて、その方のご主人も障害を持っているそうで、デイサービスの申請をしたのだと話をしてくれた。
ご主人の障害がどの程度のものなのかははっきり知らないけど、自分の事は結構できるらしく、歩くことも可能。ただ、脳梗塞を患ったおかげで時々感情が激しく出るから辛いのだと・・・。
今年80歳だというおばさんは、ちっともそんな歳には見えないくらい若くて、シャキッとしているけれど、介護で時々息が詰まりそうになって、昨日も近くにいる妹さんの所に行く途中だったんだって。
妹さんだけじゃなく、同居している息子さんが夜はいてくれるので、遠くにお嫁に行った娘さんの家に1泊で行ったり、あるいは友達の家でお茶のみをしてくるときもあるそうだ。
そうやって自分の時間を作らないと自分がダメになってしまいそうだと・・・。
「あなたはまだまだ若いし、しんどいことがこれから増えてくるだろうから、どこかで発散できるところを作っておかなきゃだめよ。」とも言ってくれていたなぁ。
昔の私なら誰かの世話になんかなるもんか・・・。
私一人でやっていけるんだ・・・。やっていくんだ・・・。やらなきゃいけないんだ・・・。
と、片意地はってたけど、本当に困った時は私自身の、あるいは相方の「友達」という存在になんらかのアクションをしてもいいのかな、って思えてきた。
ただ、今更・・・どこに私の友達がいるんだろ・・・。わざわざ遠くの友達に連絡をして何を話す事があるんだろ・・・。
その時の気持ちなり状態なりを話しても、理解なんてできっこないし、話すことで惨めにもなるような気もする。だったら、やっぱり今のままでいいのかな・・・。

きっと、たぶん、私に友達が必要になるのは本当に私が「ひとり」になってからだろうか・・・。
先日、相方の友人が来てくれて2人で話をしているのを間近でみて、友達ってこんなにいいもんだと思い、相方がここまで元気になってくれた嬉しさと反してそういう友達がいない寂しさでウルウルとなったのも確かなことだし。
今の私が思う「友達」って、いくら考えてもわからないんだよ・・・。
と、言いたいことも分からなくなった・・・。これもやっぱ、寂しいことだよね・・・。
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